15秒で2000万人のファンを振り向かせるムービーについて

ソーシャルゲームが一世を風靡している、と言っても過言ではないだろう。業界大手DeNAのMobageや、GREEなどが台頭しており、テレビCMなどで見かけることでもはや子供だけではなく大人にも十分に知られるマーケットとなってきた。もちろんこのソーシャルゲームでも競争はあって、最も加熱しているのは「コンテンツ」だ。より多くのユーザーを囲いこみできて、より多くのユーザーが課金するゲームを提供できるように、コンテンツが鍵を握るのは自明だ。

Mobageが新しく提供している『FINAL FANTASY BRIGADE』も、そういったテレビCMを全面に押し出したコマーシャルを採っているコンテンツの一つだ。このCMを見た人も多いことだろうが、どうもこの15秒のCMが稚拙に見えてしょうがない。本当にこのCMで良かったのだろうか。

過去のFFのシーンを見せながら、FFがMobageにもやってきた!というイメージを与えて、既存のFFファンをMobageに流入させようという目論見だと思えるが、以下の点に指摘をしたい。

「100万人がジョブチェンジ」
100万人が~っていう表現はMobageの十八番。例えば、「100万人の信長の野望」とか、「100万人のモンスターファーム」など…。ただ、この表現、1月7日にサービスイン(ガラケーが1月7日、スマホが1月13日)なのに、わずか1ヵ月たらずで本当に100万人の会員が集まったのだろうか…。そして100万人が本当に「ジョブチェンジ」したのかがわからない。

「ジョブチェンジ」をなぜキャッチコピーに?
まるで「ジョブチェンジ」がファイナルファンタジーの代名詞のような使い方をした、このキャッチコピーにも違和感を覚えた。ジョブチェンジシステムとはキャラクターの「職業」を変えることが出来るRPGのシステムでFFシリーズで言えば、FF3が発端で、その後FF5、FF10-2、FF11などに継承されていったシステムだ。(ジョブチェンジと明記されていなくても似ているものは、FF1のクラスチェンジなどがあるだろうか)

ただ、これはFFの世界観を代表するものではないと思う。もっと大きなテーマがFFにはあるし(クリスタルとかの方がほぼ全シリーズに統一されたもの)、ジョブチェンジ=転職と頭が回れば、ドラクエシリーズを思い浮かべる人だって多いだろう。本当にジョブチェンジで良かったのかな。

映像演出とBGMが稚拙
それで、今日言いたかったのは、これ。映像演出とBGMが稚拙すぎるでしょ…という。
僕が今回、Mobageの『FINAL FANTASY BRIGADE』のCMを見て最初に思ったのは、「映像と音源にこだわりがないな」ということ。
そう思った理由は、他でもない『FINAL FANTASY Ⅸ』のCMを知っているからかも知れない。

例えば映像。FF1からのシーンが1秒ごとに1作分ぐらいずつスプラッシュで出てくるんだけれど、このシーンが、ちゃんと作品の名シーンを取り上げている。FF4のパラム・ポロム「ブレイク!」のシーンは誰だって泣いただろう…とまでは言わないけれど…。動画もセピア色で懐かしさを演出する映画風画質に抑えていて、「原点回帰」をテーマにした同作品について、綺麗に演出できている。
BGMもそうだ。同じBGMを利用しているが、Mobageのそれは、オーケストラバージョンを単調に流しているが、FF9のBGMは内蔵音源によるモノクロ音源的な音質のBGMとステレオ音源的な音質のオーケストラバージョンを、FF9のロゴと共に入れ替えている。実際、FF9では内蔵音源とオーケストラ音源とを使い分けてるだけではなく、内蔵音源のそれも同じ曲調でも違う調で使い分けているという作品だ。凝っている。

同じ15秒にも関わらず、これだけの凝り方…奇しくもFFシリーズはスクウェア・エニックスの合併の後、FF11からの迷走で嘆かれることになる。その迷走はFF14でも同様に続いているが、こういった稚拙なブランディング戦略がまた悪影響を呼ばないといいのだが…。

平成二十四年の年頭にあたり、新年の御挨拶を申し上げます。

明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年一年は、東日本大震災をはじめ、「アラブの春」に代表される中東での革命、ウサマ・ビン・ラーディン氏や金正日総書記の死去といった多くの出来事がありました。この激動の時代を生きていることを改めて感じると共に、その時代の中で何をするべきなのかを考えさせられる一年でもありました。
思慮深く先を見据える力、すなわち先見力が問われた一年だったとも思います。一つ一つの現象は、起きてから対応を考えるのは簡単ですが、その現象が発生する前からその後のことを考えるのは簡単ではありません。しかし、そういった力が特に昨年には求められたと思います。原発問題などでは、その先見力の無さを政府は追及されましたし、次々に起こる現象から、後手後手になってしまったような印象を受けました。

東日本大震災で思い返すことと言えば、震災当日に「東京都内避難場所」というGoogle Mapsを利用した避難場所リストを作ったことです。


より大きな地図で 東京都内避難場所 を表示

あの地図を作成したのは午後6時40分、震災の3時間54分後でした。関西にいた僕には比較的冷静にこの震災を受け止められるだけの余裕もあり、Twitterで冷静に情報を見ていました。タイムラインがすごい勢いで流れる中、「避難場所を探す人」と「避難場所を提供する人」のつぶやきが錯綜しているのが観察できました。普段であればRTで情報が拡散して、一気に浸透するところなのでしょうが、あのような状態では集約された情報の方が良かったでしょう。なぜなら第一に、情報のスピードが早過ぎて、ユーザー一人ひとりの情報処理能力が追い付かない事、第二にデマなどの情報もあり、情報に対する人間が根底に持つ「懐疑」が表面化されてしまったこと等があると思います。
結果的に、Twitter上で名乗りを上げていただきリスト作業を手伝っていただいたボランティアの方などを含め5名で、約400か所の避難場所をお知らせすることが出来ました。当日だけで表示回数は190万PVとなり、一定の成果を上げることは出来たのではないかと思っています。
しかし、その反面、「この情報は間違っている」「何時間も歩いてきたのに避難所が閉鎖されているじゃないか」といった言葉をもらうこともありました。その時点では避難所として開設されていても、後から諸事情で閉鎖した避難所も少なくありませんでした。こういった「後天的な情報の間違い」は大なり小なり防げないところもあるのですが、情報の流れの中にいる身として、先見性があれば防げた問題なのじゃないかと公開することもありました。

あの一件も手伝ってか、ソーシャルメディアの有効利用についてお話をする機会が多いです。きっと来年もそうなるのではないかと思っていますが、もっと先を見据える力を養っていきたい、これが今年の抱負になりました。相変わらず自分はやっぱり継続性があまりなく、それが弱点になっているのも間違いないところでして、継続性もそうですが、先見性を持てばこういった問題も解決するとは思っています。とにかくやることをちゃんとやれっていう話ですね…。前を向いて頑張りたいと思います。

新年早々、オウム真理教特別手配犯であった平田信容疑者が逮捕されるという出来事がありました。今年も波乱含みの一年となりそうです。

御反論を頂戴致しましたので

就活生組合委員長を名乗る宮内氏から御反論を賜りましたので、同氏御希望の通り、ここに再反論をさせて頂きます。両者にとってこの議論が相互の理解ならびに一般社会に対する両者意見の理解となることを願います。

あなたを公正で理性的な方だと認識したうえで、記事に対する個別の反論をさせて頂きます。RTなどして、私ども就活生組合が「批判をすべて悪意のあるものだとして切り捨てる」団体ではないことを周知願いたい。

RTしてTwitterが荒れるのは嫌なので、恐縮ですがこちらにて。まずは御対応頂きありがとうございます。小職のような者の意見に対し、御対応頂ける代表の方の真摯さに、活動の本気度を見出しました。

記事”■就活生―企業間対等という論理”についての反論。憲法28条は、”勤労者”の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。とあります。”労働者”ではありません。これは”労働者”より広い範囲だとするのが憲法学上有力です。そして私どもは、就活生が憲法28条における”勤労者”にあたると考えています。これからすぐに勤労するものですから。”翻って見るに、就活生とは就職活動中の学生を指すのであるから、当然の如く労働者ではない。”その通りですしかるに憲法28条の権利をとくに労働者に保障し実体化したものが労働三法であり、「勤労者」たる就活生を保護するに具体化する法律はない。ご存じのように、憲法上の権利の大半は具体的立法を待たずにその権利を主張することはできません。勤労者たる就活生の、団結し経済的利益を求める権利を、具体的立法という形で実現したい。その意味で、第一項の批判はまったく的外れで、憶測でものをいっているにすぎません。「労基法に保障されてるものを守れ」ではない。「就活生の労基法ををつくろう」が我々の主張です

一昨年話題になった「内定切り」の際には、内定を得ていた学生が企業側との交渉を行うために、組合(社内組合ではなく、社外の組合)に加入し、団体交渉を行った経緯などがあります。(参考:47ニュース)この場合、この学生は就職活動を終え、内定を得ていますから、就活生ではありません。また、労働者ではありませんが、数カ月後に同社にて労働を行うことが確約されているわけですから、労働者に準ずると見ても差し支えないと思います。

ところが、就活生に関して言えば、就活生各々が就職を希望していることは自明であるにしろ、その希望通りに就職できるかどうかはまた別問題でしょう。現に来年卒業の就活生の内定率は59.9%(文部科学省・厚生労働省発表、2011年10月現在)であり、「全国の来春卒業予定者数(約55万人)にあてはめると、約42万3千人が就職を希望し、その4割にあたる約17万人が内定を得られていない計算だ。」(一部報道)とあります。この状況下において、この17万人も勤労者にあたると言えるでしょうか。この17万人の中には、貴殿の言う「これからすぐに勤労するもの」に当てはまらない者も多数いると思われます。

まとめれば、貴殿の主張は「就活生は遠かれ近かれ内定を得るべきもので、それにより広義の勤労者になる」という前提のものに立っておられ、その主張は売り手市場のそれを彷彿とさせる、甘い考えでしかないと指摘せざるを得ません。

なお、労働組合か否かはともかく、団体を形成し社会に啓蒙ないしは意見を広めること自体について、違法性を指摘するものではありません。ご承知おきください。


■何を目指しているのかについて。大学側が手放しで歓迎していた、というのは正直申し上げて存じておりませんでした。不勉強をお詫びいたします。しかし、これは大学の自治の話にも関わってきますが、近年大学の意志決定に学生は入っていません。

これは直接関与しているか間接関与しているかの違いはあるにせよ、全く意思決定が反映されていないという事ではないと思います。


就活生組合のアカウントを見て頂ければわかるとおり、組合結成からまだ2週間も経っていません。本格的活動は準備中とも書いています。その段階でロビー活動を求めるのはいくらなんでも酷でしょう。今後はしていくつもりですが。 よく発言を追い、就活生組合の動きを細かくチェックしていらっしゃる貴殿が、それを見逃すはずがない。これが、私が「悪意のある記事」だと判断した理由の一つです。

すいません、細かくチェックも何も、あの記事を書いた直前に貴団体のことを存じあげたまでであり、不勉強をお詫び申し上げます。ただ、本格的活動は準備中とありますが、法律案を策定したりといったかなり「本格的活動」に着手していると思いますがいかがでしょうか。一般的にはこういった市民活動においては、構成員形成→世論形成→大綱策定→請願陳情といった流れだとは思いますが、法律案の策定は大綱策定にほかならないと思いますが…。


■どれだけ寄付を募ればいいのだろう 非営利活動をやられたことがあればご理解いただけると思いますが、寄付金というのはまったく集まりません。あれだけ呟いても、です。サーバー代ドメイン代の支出は1万円程度でしたが、それすら補えず組合幹部の自腹でした。就活生にとって一万円は大金であり、「大幅な赤字」という就活生組合の発言は何も間違っていないと考えます。いずれ帳簿は公開しますが、窮状をわかっていただけると思います。ロゴと名刺のデザインをしていただいたデザイナーさんに、わずか3000円しか支払えないのです

サーバー代ドメイン代の支出は1万円程度とありますが、無料のレンタルサーバーも世の中にはありますし、それを大金だとおっしゃるのであれば、なおさら節約志向はないのでしょうか?

「それすら補えず組合幹部の自腹でした。」とありますが、組合というものが法人格を取得していない場合(すなわち法人格のない任意団体)、組合という組織を取る以上、組合の構成員が負担すべきものではないのでしょうか。それを踏まえれば、そのような大きな支出はしないと思いますが。

特に非営利として行われるのであれば、非営利組織の運営としての感覚が問われるものだと思います。ロゴと名刺のデザインもそうですが、御自分でお作りになることなどは考えられなかったのでしょうか?


■代表の資質 これはお詫び申し上げるしかありませんが、私のプロフィールにもあります通り(急いで書き変えたなどという事実はありません)私は就組委員長という公人であると同時に一大学学部生という私人です。私人としてのツイートはしますし、それが悪いとも思えません

活動以前のつぶやきはともかくですが、同じような主張を(例えば大企業の社長などの)公人がしていたら指摘しませんか?読み手の気持ちになれば、まるで背景に公安でもいるのではないかと慄く者もいるかと思いますが…。個人的にはよくSPA!がこれを指摘しなかったなと感心しています。

■個人的所感 個人の利益を追う人もいれば、社会的利益のために動く人もいます。私は後者です。それがプロ市民といわれるならば、別に構いません。SPAへの反論はこちらですのでご覧ください。http://news.nicovideo.jp/watch/nw162883″1年目も2年目もフル単位を取っていて、3年前期までに卒業要件の80%以上を取得している学生”しかまともに生きていけない社会に矛盾を感じるのです。

大学は何をするところなのでしょうか?私が申し上げるのは実に不憫なのですが、多くの大学は履修可能単位を履修した場合、3年次には卒業要件単位の殆どを取得できるように設計されています。その上で就職活動を行い、例えば一般的に目安とされるゴールデンウィークをすぎれば、あとの10ヵ月は(ゼミとか卒業論文とかを除いて)時間があると思います。そうでなくても、夏休みや冬休みに旅行なり自分探しなりできるのではないのでしょうか?ちなみにフル単位どうこうを取らなくても、まともに就職活動をして内定を得た者もいくらでもいるでしょう。

以上で反論の大枠は終わります。再反論を個人的にはお待ちしていますが、ロビー活動の企画や人員募集など多忙で、再反論に対する反論はつくれないかもしれません。これについては、代表として素直にお詫び申し上げます。

引用返信形式となりましたが、意見をさせて頂きました。誤字脱字などがございましたら、謹んでお詫び申し上げます。